コラム│オタクであるということ

ひとりごとコラム

このサイトの名前は「Otarchive」と言います。オタクの備忘録という意味を込めて付けたものです。自身の紹介文にも「オタク」と書いている通り堂々とオタクを名乗っていますが、わたしの青春時代はオタクは隠れるべき忌み嫌われる存在でした。

自分がオタクであることを理解したのは小学校高学年の頃です。どうやら周りの友人たちは漫画やアニメ、そしてかわいい女の子キャラが好きではないらしいぞと気づき、そしてそういう類のものが好きな人はいわゆるオタクなのだと知らされました。

勉強に関係ないものを持ち込むのは禁止されていた小学校時代。放課後の図書館で、友人が教科書に挟んでこっそり持ってきたゲーム雑誌を開いて「これ可愛くない!?」と興奮しながら見せてくれたのが今年30周年を迎えた「ときメモ」の特集ページでした。あのときの、可愛くてキラキラしたイラストとストーリーへの気持ちはまさにときめき。30年経った今でも、窓から差し込む光と、人の少ない図書館の空気もすべてセットで思い出すことができます。

中学校になり、交友関係の広がりと同時に漫画やアニメ、ゲームのオタク知識をどんどん吸収していきました。親に内緒で観に行った「ガンダムW Endless Waltz」は、生まれて初めて一人で見た映画だったと思います。これまたこっそりとアニメイトに出かけ、おこづかいをやりくりして買った「エヴァンゲリオン」のラミカ(ラミネートカード)。部活の先輩に貸してもらった「ふしぎ遊戯」全巻。今の自分の好きの原点は、この頃の影響が最も大きいように思います。

二次創作にはじめて触れたのもこの頃でした。好きなもののグッズなんてほとんど売っていなかった時代。売っていてもキーホルダーのような身につけるものはなく、二次創作のラミバ(ラミネートバッジ)をウキウキと通学カバンに付けて行って……クラスの男子に「それってジャンプの漫画のあれだろ? なんでそんなに目がキラキラしてんだよ」と気味悪がられました。時代は奇しくも「キレる14歳」が社会問題になっていた頃。一般的な感覚から理解できない異質なものに世間は敏感で、そしてオタクは世間から見ればまだまだ異質でした。そっと外したラミバは、筆箱にこっそりしまいました。

わたしはその後もオタクであることを隠しながら、共通の趣味を持つ友人たちとだけ楽しさを分かち合いながら、高校生になりました。高校生になりさらに行動範囲が広がったわたしはオタクを脱却したくてバンド好きになり、ライブに行くようになります。その後女子アイドルにはまり「○○ヲタ」と呼ばれる属性のなかに長年浸かりました。

40代になって思うことは、二次元も三次元もいろんな好きを重ねて今の自分が居るということです。オタクであることにもがいて一般の人を装うとしたときもありましたが、たとえ世間からは忌み嫌われる存在でも、自分の根っこは変えられませんでした。好きはとことん好き。漫画やアニメ、ゲームといったエンターテイメントが大好き。そんなオタクである自分を認めることに、かなり時間を要したように思います。

中学生の我が子の通学カバンには、好きなキャラクターのラバーキーホルダーが揺れています。好きな物を好きと胸を張れる現代だからこそ、わたしも自分がオタクであることに胸を張って今を生きていこうと思うのでした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました